理事長所信

第52代理事長 天野茂晃

はじめに

 JCしかない時代からJCもある時代に変わってきた今、私たちに求められていることは何なのか自問自答する日々が続きました。私は就職氷河期世代最後の一員です。戦後の復興から高度経済成長で築き上げられた社会システムを維持させるために人知れず貢献した世代であると思っています。だからこそ、誰も取り残さない、持続可能な社会の発展という言葉にとても魅せられるのです。
 明るい豊かな社会の実現に向け、私たちJCは時代を紡ぎ、挑戦し続けてきました。しかしながら、今日、この朝倉地域の未来を想像したとき、明るい豊かな社会になっているはずだと自信をもって断言できる人は何人いるでしょうか。JCは、青年経済人としての更なる自己修練と地域への奉仕を通じ、日本経済再建の担い手としての力を養うことを目的に始まりました。私たちは、この団体が存続する原点を見失ってはいけません。メンバーが各々の会社の経営基盤を確固たるものにし、一人でも多くの従業員へ高い給与水準を提供、かつ、青年経済人として率先して人間性尊重社会を築き上げること、これ以外にありません。そして、この一点においてのみ、JCI朝倉が存続する意味があるのだと。
 この地域に住まう若い青年経済人が共に手を取り合い、地域の発展に向け切磋琢磨し、社会の固定観念や思い込みを変えていくことこそが私たちの役目なのです。若い我らが動かずして誰が動く。失敗を恐れず、情熱をもって明るい豊かな社会の実現に向けて共に未来を切り開いていこう。

いま私たちは歴史的な大転換地点に立っているということ

 新型コロナウイルスによるパンデミックは、いつ終息するのかわからないという不安を全世界に与えながらも、私たちの価値観を一気に変える歴史的大転換をもたらそうとしています。変化に対応できなければ生き残れない時代、今まで以上に不確実性が高まる時代だからこそ「ヨコのつながり」が重要になると思います。JCは、価値観の異なる様々な人間が集い、議論し、そこでの衝突や矛盾をも統合させて新たな価値観を創造できる団体です。この魅力を私たちが再認識するとともに、時代に合わせた組織へと大きく変化させて、新しい仲間を増やしていこう。

法人格移行からの再スタート

 JCI朝倉は、3年の年月をかけて2013年に公益社団法人へと移行しました。先輩方の情熱とともに、公益法人格による多大なメリットを享受してきましたが、九州北部豪災害を経験し、同時に有事の頻発する現実に直面した時、より機動的に、より柔軟に、より継続的にJC活動を展開し、地域をけん引していくリーダーを育むためにも、法人格を再度移行してスタートする道を選び、メンバー全員で一歩踏み出しました。公益社団法人として学んだ経験や組織運営をさらにアップデートし、当事者意識を持って朝倉の未来を切り開く団体になっていこう。

ビジョンの継続

 JCI朝倉創立50周年では「未来の話をしよう」のスローガンのもと、【つくる】【ふやす】【そだてる】というビジョンが提言されました。朝倉地域の未来を語るとき、意識せずともネガティブな言葉を口にしてしまう。こんなマインドを変えよう、明るい未来を想い描こうという希望が込められました。単年度制のJCだからこそ、このビジョンを大切に引継ぎ、強い意志をもって具現化していこう。

地域連携、そして組織力の向上へ

 JCに入会するまで仕事最優先でした。JCに入会しなければ、会社はもっと大きなものになっていたかもしれません。しかし、JCに出会わなければ私の器は小さなものだったと断言できます。朝倉地域を土台にビジネスを行っているものとして、地域ブランドの確立、そして地域の知名度はなにより重要だと思っています。このまま地域の人口減少が続けば、会社も人的資源の確保が困難となり、存続の危機に陥ります。
 かといって、単独ではこの問題に立ち向かえません。人口減少にある現状を真摯に受け止め、外部との連携を強化し、ヒト、モノ、カネ、そして時間といった資源の有効活用を図るべきではないでしょうか。そしてJCは常にその中心に立って社会を変えていく存在でありたい。JCI朝倉の伝統をしっかりと引き継ぎながら、JCにしかできないことは何かを真剣に考え、JAYCEEとして誇りある会員資質と当事者意識の向上を常に図り、この地域に新しい活力を生み出していこう。

郷土愛を育むことが将来につながる

 旧夜須町、旧三輪町、旧甘木市、旧朝倉町、旧杷木町、旧宝珠山村、旧小石原村、行政の壁を乗り越えて挑戦されてこられた先輩方により、朝倉地域という広域圏は作られてきました。世界からみれば日本、日本からみれば九州か福岡、福岡でみれば朝倉と、人の行動を考えるとき行政の枠を超えた広域でのブランディングが必要です。ブランディングは一朝一夕でできるものではなく長い年月を要します。だからこそ、子供たちに故郷を大事にしてもらいたい。また、当たり前のことが当たり前でなくなる現実や著しい環境変化に直面しても、情報に惑わされず柔軟に対応して生きぬくことの術を、田舎という地域資源を生かして学んでほしい。少年期に得た故郷朝倉の思い出を、大人になっても語れる人に育ってほしいと願っています。

終わりに

 「人多き人のなかにも人ぞなき 人になれ人 人になせ人」弘法大師、武田信玄、上杉鷹山が詠んだともいわれています。時代の異なる偉人の言葉として伝えられるのは、時代を越えてこの言葉に共感してきたからだと思います。それは、JCでも同じく、先輩方が追い求めた理想を私たちも追い求めたい。その理想は普遍の幸せだと信じているからです。
 ゴールは時代を越えて同じだから、とにかく、前例や慣例なんか置いといて、至ってシンプルに考えよう。
責任世代として、何かのせいにするのはやめよう。
背伸びせず、等身大で。私たちがまず立派な人になろう。
JCのライフスタイルを根本から変えよう。時代に合わせて仲間を増やそう。
そして、子どもたちを、己の未来を切り開くことができる立派な人へ育てあげよう。
朝倉の未来は私たちの双肩にかかっている。胸を張って誇れる仕事をしよう。